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2005年08月24日

98W杯準決勝「オランダVSブラジル」

今日は体調が思わしくないので、最後まで書けるか、不安だ。
しかし、なずかいつもこのページを開いても、常に10前後の方がここを訪れていてくれる。
そのことが嬉しいので、何とか毎日記事をアップすることは欠かしたくないのだ。

前置きはそのくらにして、98年のフランスワールドカップを思い出して欲しい。
日本の初出場の大会だった。

この大会は俺は全試合見た。
その中で、最高とは言えないまでも記憶に残っているのが、
「オランダ対ブラジル」の準決勝だ。

今夜はビデオを引っ張り出す時間がないので残念だが、
試合後、ブラジルのザガロ監督が泣いていたのを思い出す。
それほど、勝ったブラジルにとってもきつい試合だった。

サッカーファンでこの試合を見ていない人はいないと思うので、
内容は振り返らないが、
PKで負けたオランダは、延長にはいってからは押していただけに、
負けた気がしなかっただろう。
それほど、この大会のオランダは屈強なるチームだった。

また機会があればデータを公開してもいいが、
まあ、それよりも、オランダのサッカーについて、
俺が思っていることを聞いてもらいたい。

オランダは実に強いチームだ。
だが、W杯で優勝できないチームでもある。
予選でも負けてしまうこともあり、ちょっと理解に苦しむところがある。

イタリアみたいに内容よりも、勝ちにこだわるサッカーと
オランダのサッカーほど遠いものはない。

彼らは勝つために自分たちのサッカーを変えることは絶対にしない。
あのブラジルとの死闘でもそうだった。
先取点を奪われ、後半に入って時間が砂時計よろしく減ってゆく中でも、
彼らはパスをつなぎつづけた。
アーリークロスや縦一本のロングフィードはしなかった。
バスケットボールを見ているみたい正確なパス回しは、それまでのサッカーの見方を変えさせられた。
あれほど、マシーナリー(機械的)にパスを正確無比に回すサッカーは、
実は面白くないのだ。
彼らの頑固さは、いやがうえにも、力づくで相手をねじ伏せる勝ち方しか選択できないのだ。

だから、なかなか勝ち運をつかめない。
トータルフットボールという言葉は、クライフのいたオランダのドリームチームから出てきたようなキーワードだが、総合力で相手に確実に勝つという論理は、サッカーというアクシデンタル、つまり偶発性の多いスポーツでは通用し難いのである。

だから、クライフ率いるスーパー軍団でも、ベッケバウワーのいた西ドイツに、
試合に勝って、勝負に負けたのだ。

彼らはずるがしこさというものを嫌う民族なのだろう。
デカイからだと高い技術力と戦術で敵を葬り去るサッカーだ。

アヤックスの育成システムのビデオを見た時、
彼らはTIPS(ティップス)というキーワードのもとに鍛えられていることを知った。
Tとはテクニック。
Iとはインテリジェンス。
Pとはパーソナリティ
Sとはスピードである。
なんと言う論理性なのだろう。
1歳か2歳刻みで徹底的に訓練された彼らのサッカーには隙は見出しにくい。

だが、しかし、である。
サッカーは神様のいるゲームだ。
何が起きるかわからない。
TIPSをすべて兼ね備えたチームが優勝するとは限らない。

俺はオランダサッカーのファンだ。
彼らの引かない、曲げない、厳密なサッカーから、
学ぶことは多い。
彼らはひょっとすると、勝つために闘っているのではないのかもしれない。
もっと、大きなもの、それは、「誇り」と呼ぶべきか、
自分らしさと言うべきか。

いつか、オランダがW杯で優勝する時がくるだろうか。
想像しただけでも、鳥肌が立ってきそうだ。


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posted by ガマ at 23:56| Comment(2) | TrackBack(1) | 名試合物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月16日

1992年アジアカップ決勝戦「日本VSサウジアラビア」

久しぶりに古いビデオを引っ張り出して見ている。
ビデオの日付は平成4年11月8日とある。

ずいぶんサッカービデオは捨ててしまったが、
やはりとっておくべきだ。
見直すと、涙が滲んでくるほど懐かしい。

スタジアムは広島ビッグアーチ
この試合の監督は、ハンス・オフト
コーチは清雲。
この時の日本代表のメンバーは
FWが、カズ、高木
攻撃的なMFが、北沢、福田
守備的MFが、ラモス、吉田
BKはセンターが、柱谷、井原
サイドが、都並、堀池

本当に懐かしい。自分も若かったと思う。何しろ13年前だからなあ。

では、この試合を振り返ってみよう。
結果は1−0で日本が勝ち、見事に優勝した。
負け続けた日本がオフトのもとに着実に力をつけ、
勝つ歓びを我々に与えてくれたのだ。

この試合は、今を思うと、さして面白いものではない。
レベルも大したことはない。
しかし、カズが若く、ラモスもいるし、福田も速かった。
都並はこの試合ではほとんど攻め上がりを見せなかったが、まだ元気だった。
もう、それだけでいい気がする、といってはいけないが、
これから右肩上がりに良くなる時代というものは、
なぜか熱い風を感じさせる。
確かに、いい風が日本のサッカー界には吹き始めていた。
その風の新鮮さが、見る者を感動へと導くのかもしれない。

サッカー用語も新鮮だった。
アイコンタクト、トライアングルスモールフィールド…

決勝点は、左サイドからカズが上げたセンタリングを、
高木が胸でワントラップし、ハーフボレー一閃。
ボールはゴールの右隅に吸い込まれた。

サッカーファンの方ならわかってもらえると思う。
ふとんの中に入って、試合のいろんなシーンを思い浮かべて悦に入るのである。
まさに高木のゴールは絵に描いたようなシーンだった。
この場面を俺は一生忘れないだろう。

黎明期の日本。Jリーグ誕生の前年。ドーハの悲劇が起きることは、
まだ誰一人として知る者はいない…。

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posted by ガマ at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 名試合物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする